新前レフェリーの「つぶやき」日記

この日記は、とあるサッカー・レフェリーの誕生から、現在までの日々を追い続けた
ドキュメンタリーです・・・・。


2006/01/27(金) 筆記試験の結果
息を切らしながら講義が行われた部屋に戻った彼を待ち受けているのは、そう、筆記試験の結果である。その発表の方法が精神的に良くなかったらしいのである。その方法とは、部屋の隅に置かれたテーブルの上に、各自の審判手帳が並べられており、帰り際に自分の審判手帳を受け取り、そして、手帳の間にワッペンが挟んであったならば合格という手法だった。そして彼の審判手帳には奇跡的にもワッペンが挟み込まれていたのである。

2005/11/01(火) 久しぶりの更新だ!
祝!完走・・・。なんとか必死に1500メートルを走り抜いた彼であったが、問題はタイムである。どうにか集団から離脱せずに、ゴールできたものの、その結果が気になる彼・・・。
結果は走り終えて直ぐに、あっけなく?あっさりと?発表された。合格圏内であった事が告げられた。彼にとっては、大きな難関を突破できた事になる。夕暮れのトラックの片隅に、息を切らしながら佇む彼の姿が印象的であった・・・・。(笑)

2005/08/05(金) 1500メートル走に挑む!
筆記試験の後に行われる恐怖の1500メートル走を気にしながらも、なんとか筆記試験を終えた彼であった。試験の結果が判明するのは、走りこみの後らしい・・・。
敷地内のトラックに移動し、かるくアップした後に、いきなりのスタートだ。とりあえず列の後方にポジションをとり離脱しないようについて行く彼であった。この先は長い、どんな試練が彼を待ち受けているのだろうか・・・。

2005/06/21(火) 筆記試験に挑戦!
彼は、時間内完走だけにこだわり、競技規則の勉強に時間を割いていなかった。単純だといわれるサッカーのルールであるが、教本を開けば・・・かなり細かい解説に戸惑う彼・・・。必死に講義を受けているうちに、だんだん不安になって来たようである。だがその時は、やって来た。配られた試験問題は、ビッグなA3サイズだ。とりあえず順番に出題に答える事にする。

2005/06/07(火) ついに運命の日がやって来た!
彼は、ついにその日を迎えたのであった。
講習会の受講場所となる善行に到着し、部屋に入り周りを一望!
今回の受講参加者は40人位で、若い衆ばかりの状況に彼は尻込みをした。
またしても「無謀」という言葉が浮かぶのであった。そんな中、講義が
始まった。開始早々、講師の信じ難い言葉を聞いた彼は自分の耳を疑った。
「寝たい人は寝ていてもかまいません」って、どう言う意味なのか?
無論そんな余裕など彼にあるはずがない。彼は最前席に座っていた。同じ最前席に座っている若い衆を見ると、既に寝ていた・・・・。さすがに現役の若者であると、感心?する彼がいた。

2005/05/24(火) 最後まで完走タイムを・・・・・。
トレーニングを始めてから約1ヶ月が経過した。彼の禁煙生活も
続いたことになる。これだけでも収穫であろう?
ところで彼は、1500メートルを何分で完走できたのであろうか?なんと彼は最後まで完走タイムを計ることをしなかった。いや、できなかったと表現したほうが適切かもしれない。走り込みを始めた当初、一度計測したことがあったが、その時の目標タイムとのギャップに大きなショックを受けたのが原因に違いないのである。最後まで完走タイムを把握することなくトレーニングを終了させた彼を待ち受けるものは受講本番当日である。

2005/05/16(月) 息切れ、克服か?
彼のトレーニングは、どうやら無駄ではなかったようである。
走り込みの回数を重ねる毎に息切れの症状が徐々に改善されて
きたようだ。多少なりとも、その成果を自分自身で実感できた
ことは、彼にとって大きな励みに違いない。しかし・・・・
それは今のペースで走った場合である。1500メートルを7分30秒
以内完走のハードルを超えなければ彼の挑戦は失敗に終わる。
まだトレーニングの成果よりも大きい不安を抱えながらも
彼の野望は終盤へと向かうのであった。

2005/05/06(金) タイム・オーバー確実
彼は時計を手にして、とにかく1週700メートル完走を目指して
走り続けた。息切れをこらえながら、なんとか完走したものの
1週のタイムを確認して呆然とした。その無機質に表示された
デジタル数字の値は、やはり今回の挑戦が無謀であったことを
示すような値であった。これが事実である・・・。
しかし諦めるわけにはいかない彼がそこにいた。まだ走り始め
たばかりと、自分を励ましながらトレーニングに集中した。

2005/04/28(木) 1週700メートルの恐怖
禁煙を決意してまで、走り込みを始めた彼であったが、
それは予想を遥かに超えた試練であったようである。
走り始めて早々に息が切れ、足は棒になる。
「う〜!酸素をくれ!」と、悲鳴をあげた。やはり彼には
無理な挑戦だったのか?彼は不安を抱えながらもトレーニング
を続けた・・・。

2005/04/24(日) トレーニング開始
約1ヶ月後の講習会に向けて彼はトレーニングを開始した。
近所の公園内に1週700メートルのジョギングコースがあり
そのコースを毎晩走ることにしたのである。たかが1ヶ月程度
の走り込みで運動不足の体が改善されるのであろうか?
不安な点はもう1つある。彼は喫煙者であった。喫煙と持久力
の関係を彼は知っていたのである。無関係ではないこと・・・。
そこで彼は禁煙を決意し、トレーニングを始めたのであった。


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